境内の脇に新潟市の遊歩道が設けられ、公園には各文学碑(白秋碑、安吾碑等)などもあり、歴史と自然を楽しむ散策コースとなっています。
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1一の鳥居
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2戊辰の役殉難者墓苑
(各慰霊碑あり)
昭和二十年、戊辰戦争西軍戦死者の墓碑がこの地に移管。
昭和六十年に新潟大学本部敷地から東軍のものと思われる九十二体の遺骨が発見されここに埋葬されております。 -
3参道
(各慰霊碑あり)
参道には慰霊碑が、また中程に「戊辰の役殉難者墓苑」や薩摩藩士の墓碑などが並び、海側の遊歩道には坂口安吾、北原白秋らの歌碑があります。
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4手水舎
【手水の作法】
1)柄杓を右手に持ち左手を洗う。
2)柄杓を左手に持ち替え右手を洗う。
3)柄杓をもう一度右手に持ち替え、左手に水を受けて口を洗い、その後左手を洗う。
4)最後に柄杓を立てて柄の部分に水を流す。 -
5御神門
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6回廊
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7神楽殿
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8唐門
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9御社殿
平成7年に竣工した拝殿は総檜作りで床暖房を備えております。
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10明治大学戦没学徒忠霊殿
明治大学は、その創設から大東亜戦争終戦までの間に、出陣学徒を主として多数の戦没者を出した。戦後の混乱で資料が失われ、その数は約2,000名とも3,700名ともいわれている。明治大学では、昭和14年、学内に戦没者を祀る<忠霊殿>を建立、その後、昭和25年に【新潟縣護國神社】に移設された。平成12年6月には本殿脇に<明治大学戦没学徒忠霊殿>が建立された。
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11北原白秋(砂山の碑)
北原白秋が新潟の海を詠った"すなやま"にちなんで建設された石碑。
うみはあらうみ むこうはさどよ と、砂山の歌詞が刻まれている。 -
12坂口安吾の碑
坂口安吾は、明治39年新潟市で生まれ、戦後の文壇で活躍した流行作家です。 石碑は安吾の告別式に提唱、昭和32年の春に建てられました。高さ2.5m、重さ22.5tの石碑には「ふるさとは語ることなし」と刻まれています。
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13芭蕉堂
芭蕉が出雲崎町で一泊したときに詠んだ句とされる「海に降る 雨や恋しき 浮身宿」の句が刻まれた石室で、芭蕉を偲ぶ作品である。